2007年7月26日木曜日

色好まざらん男は

存在」は「他者の認識

により成立する。


実際に存在しても他者が認めなければ存在せず、

実際は存在しなくても他者が認めれば存在する。


存在するには最低一人以上の
他者の認識が必要となり、その他者も
存在を認めてくれる他者が必要となる。

つまり、三人以上の人間が存在を
認め合えば、「存在の補完関係」が
成り立ち、三人の存在は揺ぎ無い物となる。


そのように考えると自分の存在を
認めてくれる人間が少なくとも二人いれば、
自分が存在している証となる。

その二人とは両親であり、兄弟であり、
夫であり、妻であり、友人であり、
恋人であり、我が子なのだろう。


頭に自分の存在を証明してくれる
大事な人が二人、思い浮かぶならば、
必要以上に人間関係で悩むことなどない。



自分は確かに存在し、

大事な人の存在証明

となっている。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

mixiの足あとから来ました。
良い文章のブログで、また立ち寄りたいと思います。

匿名 さんのコメント...

初めまして
mixiの足跡から着ました、limitです。
『人は考える葦である』の様に、考える事が出来るから、人は進化して来たのだと思います。
ですから、私は、自分の証明は『我思う、ゆえに我あり』でいいと考えています。
真っ向からの対立ですが、『へ~』ぐらいに考えて下さいw
また、機会が有りましたら書き込みさせて頂きます。
宜しくお願いします。

過去の恥部